二階の事務所に通じる階段を昇り始める。階段は幅が狭くてひどく急だ。「事務所」と書かれた小さなプレートがついた白いドアの前に立った。
「関係者以外立ち入り禁止」と赤い文字で書かれた札が、ドアノブに下がっている。拓未に言われた通り、岳也はノックをせずにノブを掴んだ。
その金属的な冷たさに、一瞬ハッとする。まるで今初めて目が覚めたみたいだ。俺はこれからドアを開けて、なんだかよく分からない事務所の中に入るのだ、と岳也は思った。
ドアはほとんどなんの抵抗もなく開いた。おそるおそる室内に足を踏み入れる。事務所には誰もいなかった。それも拓未に説明された通りである。
八畳ほどのスペースには、スチール製のデスクと回転椅子があるだけ。床はきれいに掃除されている。
デスクにはパソコンが一台あった。どこにでもあるような、なんの変哲もないパソコンだ。しかし岳也には、それが何か特別な意味を持っているように思えた。
このパソコンを立ち上げ、メールを開けるためだけに、わざわざ混んだ電車に乗ってここまで来たのである。とはいっても一番の目的は、一階の店の女の子のくしゃみを録音するためだったが。