第1章 牛乳の味はほろ苦い

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川本順二は、いつものように出勤し、机の整理と今日の予定を確認していた。川本は、ある大手の電機会社に勤めていた。

川本は、そこで日本でも珍しい、工場設備を制御する産業用計算機システムを開発する部門に配属され、十数年経験してきており、現在は、京浜地帯にある工場で鉄鋼産業や上下水など水処理の計算機システムを製作する部で、ソフトウェアを製作する課の課長をしている。

この部門では、今ある大手鉄鋼会社の大型ホットラインシステムの制御計算機の製作を手がけており、川本の部門も参加して製作の真っただ中にあった。

そんな日常の2月の朝、机の上の電話が鳴った。取り上げると、工場の所長の吉本からで、すぐ所長室に来てくれとのことだった。

川本は、いつものことだなと思って所長室に向かった。というのも、吉本所長は着任して間もなく、何かにつけわからないことがあると、川本を呼んで相談するのがいつものことであった。それには理由がある。

吉本所長が神戸地区の部長をしていたとき、あるプロジェクトで川本が担当した電力会社の大型システムで大きな問題が起き、川本が現地に入って難しい問題を解決したのだ。さらに、その報告を吉本にしたときの明快な答えにいたく感心をして以来、彼を頼りにするようになったのである。

その関係はこちらの工場に吉本が着任しても続いた。吉本所長は相当な勉強家であったが、やはり計算機システムという魔物のような仕事にはなかなか慣れないようで、困ることも多い。そういっても、やたらと多くの人に尋ねるのも気が引けるようで川本にだけは何かにつけ気軽に相談するようになった。

川本もまたそんなことだろうと、気軽な気持ちで所長室に向かったわけである。しかし、部屋で待っていたのは、吉本所長だけではなかった。

そこには、工場の営業部長をしている沢井と本社の事業部長である川辺、その担当課長の漆原がいた。川本は、川辺とは10年来の知り合いである。部屋の空気は沈んでおり、何かあったなと悪い予感が走った。

早朝から事業部長自ら工場に乗り込んできたのは、よほどの重大事件があったのだと川本は思った。まさに、「来たな」である。 それは、川辺とは今まで良い話で対応したことがなかったからである。

これまで川本が担当しないプロジェクトで何度も呼び出されてトラブルの対応をしてきており、あまり面白くない関係だからである。今回も当然、同じような問題であろうと直感した。

問題が深刻なことは、なによりもみんなが、沈鬱な表情をしていることからも想像できた。

 

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