夫の物を詰めた後、自分の荷物を選んでいった。喪服一式。ヴェネツィアでも必要かもしれないから持ってきた。まさか夫のために持ち帰ることになるなんて。いや、これ以上考えてはいけない。作業に集中するのだ。途中、気になって、飛行機の出発時間を何度も確かめた。何度目に確認したときだったろう。
血の気が引いた。日にちを間違えているのではないか。最短はあと七時間もすれば飛ぶ。が、一日間違えて翌日の便を予約したかもしれない。「えっ、えっ」と焦るばかりで、日付の数字がぐるぐる回る。すぐに娘に連絡した。
「間違えてる?」
「間違えてるよ、ママ」
「どうしよう」うろたえる私に
「ママ、チケット、取り直して」
「……そうね、そうよね。取り直さなきゃね。でも……」
「しっかりして、やってみて」
「間に合うかしら。間に合わなかったら、どうしよう」
「とにかくやってみて」
娘が(ママを支えなきゃ、私が冷静にならなきゃ)と思っていることが伝わってきた。そうだ、私も冷静にならねばならない。
【前回の記事を読む】夫が亡くなったなんて信じられない…。でも娘と息子が確かめたのだ。嘘じゃないんだ。夫が死んだというのは現実なんだ…
次回更新は2月24日(月)、21時の予定です。
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