殺人現場
事件が起きてからもうすぐ三週間が経とうとしていた。その週の土曜日、達郎は、久しぶりに横浜の家に帰った。
昼過ぎにマンションに着くと、隣の住人が引っ越しの作業をしていた。ちょうど運搬人がタンスを持ち出すところだったので、壁に寄り添いながらよけていたら、中から住人の若い女が出てきた。茶色い髪をした水商売風の女で、上向きの真っ赤な唇が男好きの性格を表わしていた。
達郎は、今までに見たことがない女だった。きっと大阪に転勤した後に、引っ越して来たに違いない。その彼女がまた引っ越して行くのだろう。ドアの上にある田中というネームプレートを外していた。
「あ、こんにちは」
達郎の存在に気がついた女が挨拶したので、達郎も挨拶した。近隣には付き合いがなかったので、この女の顔はよく覚えていなかった。部屋に入ると、達郎は久しぶりに掃除をした。夕方になって、ブザーを鳴らす音がした。誰だろう、NHKの集金かなあ、と思いながら、ドアを開けると、隣の部屋の女だった。
「あのー、私、今日でここを引っ越します……」
達郎は、言葉遣いから判断して、この女はとてもインテリとは思えなかった。着用しているミニスカートが、膝の部分のほとんどを露出させているのを見て、誰とでもすぐに寝てしまう女のような気がした。
「あ、そうですか」
この茶髪の女がどこへ引っ越そうと達郎にはあまり関係がなかった。
「それで、だいぶ前からずっと奥様に差し上げようと思っていたんですが、お亡くなりになられてしまったんで、お渡しできなかった写真があるんですが……」
こんな水商売風の派手な女と智子はいったいどういうかかわり合いを持っていたのだろうか、達郎が首を傾げていると、その女から写真を二枚手渡された。達郎は、それを受け取りながら、眺めた。