事故に遭った妻は…
その週の金曜日も、達郎は横浜のマンションに戻ってきた。
誰もいない部屋に灯をつけた。リビングルームに入ると、酒を飲もうと、サイドボードを開けた。ところが、そこには酒が一本も置かれていなかった。
仕方がないので、押し入れを開けた。そこには、もらい物の酒が封を切らずに、二、三本しまわれているはずだった。案の定、洋酒が三本出てきた。
達郎は、そのうちの一本を取った。
すると、洋酒の脇に几帳面に収納された箱が五つほど重ねられていた。中を覗くと、未使用のビニール袋、アルミホイル、ポケットティッシュペーパー、ゴミ袋などの小物が入っていた。
また、その中には沢山の包装紙も含まれていた。青や黄色など色とりどりの物だった。ところが、それらをめくっていくと、途中から同じ包装紙ばかりが重ねられていた。
その数は異常に多かった。もしや。達郎は、それらの包装紙が、智子が惚れていた店長のいる百貨店のものではないかと思った。
そして、直感的に、その包装紙があの五つの百貨店のどこにも該当していないのではないかと思った。だまされた、千絵にだまされたのだ。あの時の達郎の推測が甘かったのだ。
千絵が言った五つの百貨店の中には、シンノスケという店長はいないのだ。達郎は、千絵がわざと自分を撹乱させるために、正解を一つ入れながら、余計なものを交えて、五つの百貨店を並べたものとばかり思っていた。
千絵は、電話で尋ねられた時、一瞬の沈黙のうちに、即座に計算して、シンノスケという店長の存在しない五つの百貨店を並べたのだ……。
ということは、初めからその五つを除いて、それ以外の百貨店を当たるべきだったのだ。異常に多く集められたこれらの包装紙を使用している百貨店が、智子が没入していった店長のいる所に違いない。
今度こそ達郎はそう確信した。翌日の土曜日、達郎は、その包装紙を持って繁華街に出た。その水色とペパーミントグリーンの二色刷りの包装紙がどこの百貨店の物であるのか、確かめるためにだった。
まず、渋谷に出た。渋谷には、百貨店が三店あったが、いずれもその紙の柄とは違っていた。次に銀座に出た。すると、地下鉄のホームにその柄と同じ紙袋を下げた人がいた。
銀座にあるな、地上に上がった達郎は、すぐに水色とペパーミントグリーンの二色刷りの包装紙を提供している百貨店を発見した。
それは、松越百貨店だった。この百貨店なら、池袋や横浜や千葉、柏、川口、大宮などに店舗を構えているはずであった。達郎はその百貨店に入った。
受付の横に差し込まれていた各種パンフレットを取った。その中に、全国の支店が列挙されていた。何と、金沢店があるではないか。達郎は、さっそく松越百貨店金沢店の代表番号に電話をかけた。
「はい、毎度ありがとうございます。松越百貨店でございます」
「私、日本商事の鈴木と申しますが、佐藤店長をお願いしたいのですが……」
「は? ……当店の店長は佐藤ではありませんが……」
「あれ、佐藤さんじゃありませんでしたっけ? あのシンノスケさんですが……」
「あ、それなら、井上ですね、イノウエシンノスケのことだと思いますが……」
「そ、そうです。佐藤さんじゃなくて、井上さんでした。記憶違いしていました。佐藤さんという知り合いが多くて、違う会社の佐藤シンノスケさんと勘違いしていました」
達郎が、自分のそそっかしさを吐露すると、電話の交換手も砕けた声音になった。
「それでは、店長の井上に、おつなぎいたしますね……」
「あ、すみません、電車が来てしまいまして、また、後ほど、お電話いたします」
と言って、平穏無事に、何の疑われようもなく電話を切った。これで、智子が言っていたシンノスケというテンチョウは、松越百貨店金沢店の井上シンノスケ店長ということが判明した。