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それからは四人で幼稚な初恋グループを結成して行動を始めた。
鉄平はこうしてクラスのエキストラから脇役に格上げされた。
いよいよ卒業式が、一か月余りになった金曜日の放課後、皆が帰った教室で四人がある相談をした。
土曜日の昼から、山神の池公園に小学校の思い出に初恋グループの四人で行くことにした。
その日は、朝から暖かく絶好の日和だった。公園の待ち合わせ場所に行くと鉄平が、一番でまだ誰も来ていなかった。
木々の生い茂った周りの森から、野鳥の囀りが聞こえた。春の物語が近いと感じた。
本物の恋人達が、お互いの愛を深める場所なのだ。
幼稚な恋心の鉄平も、少し分かるような気がして皆を待つ時間が楽しかった。
少し待っていると華岡が一人でやって来た。
「沖中さん達が、少し遅れると、連絡が有りました」
急いできたのか息が切れていた。
「ええ、どうして?」
鉄平は大げさにいった。
「分かりませんけど、出来るだけ早く来るといっていました」
まるで自分に、いい聞かせているようだ。
「じゃあ、話をして待っていよう」
僕達は、公園の入り口横のベンチに座った。
「何か話をしましょう」
彼女はまるで、このことが予定の行動に組み込まれているような感じだ。
「滝沢君の兄妹は何人ですか?」
「姉と二人です」
「華岡さんは?」
「二つ年下の妹と幼稚園の弟の三人です」
「妹さんの名前は?」
「由美です」
「妹さんとは仲が良いですか?」
「普通だと思います」
こんな他愛もない会話だけど、二人だけの世界に入るのは意外に簡単だった。
何か、大人の恋人になった様な気分が味わえた。
暫くして沖中達二人が、遅れてやって来た。
「滝沢君。遅れてごめんね」
沖中は、鉄平にだけいっているようだった。いい終わると楽しそうに僕達二人を見て笑った。
鉄平はあえて、感情を抑えて返事をした。
「少し待っただけだよ、早かったね。もっと遅くなると思っていたよ」
鉄平はすぐにベンチから立ち上がり華岡から離れた。なぜだか自分でもよく分からない。次にまるで台本に書いてあるような言い訳を松本がいった。
「滝沢君ごめんね、僕が、家を出る時に急に母親に用事を頼まれてね」
彼も鉄平だけにいったように思った。
本当は、僕達を二人にするための作戦だったのではないかとその時思った。でもそうだとしたら、そんな彼らの演出が嬉しかった。
四人は何事もなかった様に、公園の池に向かって歩き始めた。
周囲の木々は池を護衛する近衛兵の様に凛として囲んでいた。
恋人達が、手をつなぎ楽しい話をしながら時間を止めていた。
歩幅を合わせて並んで歩くと、足元の小石がぎゅぎゅっとリズムを奏で、さらに恋人同士の隙間を埋めた。
池の水鳥達も見慣れているらしく、同じ様に仲良く寄り添って泳いでいた。
男子は、小走りで先に行って池の岸に集まっている小魚を眺めていた。
女子の二人は、後ろから肩を並べてゆっくりと話しながら歩いていた。
松本が池に映っている遠くの山々を見ながら聞いた。
「滝沢君は、華岡さんと中学生になっても交際するの?」
「うん。すると思うよ。松本君は沖中さんと交際しないの?」
「決めて無い。でも、お母さんが、出来るだけ多くの女の子とお付き合いをしなさいといっていたから」さりげない顔でいった。
「お母さんと、そんな話をするの?」
鉄平は驚いて松本を見た。
「でも僕は華岡さんだけでいいよ」
正直な気持ちだった。
返事をしながら、小石を池に投げた。湖面に綺麗な輪の波が花火のように広がって消えていった。
女子の二人が追いついて来て沖中が、松本の横に並んで歩いた。鉄平もためらったが華岡と並んで歩いた。
この時ばかりは、背伸びをして恋人の雰囲気になれた。
前を歩く沖中が松本に何の話をしていたのと尋ねていた。
それが聞こえた鉄平は、とっさにある事を相談していたと後ろからいった。
「僕達が仲良しだった証を残そうと、何年か先に四人で、確認できるものが有れば嬉しいね」
松本が笑って、ちらっと僕を見た。
鉄平はこんな時の機転が得意だ。
鉄平はあることを思い出して皆にいった。
「何年か前に読んだ本に、ジャングルに入った探検隊が帰り道を間違えないように、傍の木に印をつけて目印にしたそうだ」
松本も思いだしたように説明をした。
「僕も、お母さんから聞いたことがある。それは本に挟む栞と同じ事だよ」
華岡がそれで、どうするのですかと不思議そうな顔で尋ねた。
「滝沢君。何か良い方法があるの?」
「うんあるよ、これはどうだ」
「え、どんな方法があるの」
「それぞれのイニシャルを相合い傘にして大きな木に刻んで書く」
僕は少し自慢げにみんなに説明した。
「木にどうして字を書くの?」
と沖中が聞いた。
「先の尖った石を探してそれで書く」
皆の顔を見ながらいった。
「なかなか良い案だろう」
自信が有った。
「うん」「うん」
皆が声をそろえて頷いた。
鉄平は手ごろな石を見つけて華岡朋子を誘った。
「華岡さん、これで書こう」
「はい」とすぐに返事をしてくれた。
彼女と二人で、道沿いの大木の後ろに回った。
散歩している人達に見つからないように相合い傘を書いて『T・T』『H・T』と刻んだ。
松本達二人も、同じ様に木の裏側に秘密を刻んだ。
きっと大人になっても、四人でこの木を見に来ることがあると信じていた。
帰り道、沈む太陽が湖面に映る山々を恥じらいの淡いオレンジ色に優しく染めてくれた。