「いえ、そうではない。君はよく頑張ってくれた」と古川総経理は頭を振った。

「分かりました、コスト削減ですね、上海は今赤字に苦しんでいるから」と神岡はまた別の理由を考えた。

「まあ、一部当たっているけど、全部ではない。うちの会社は中国進出して15年も経った。これから中国の優秀な皆さんに任せて、新しいビジネスチャンスをつかむ時代が来た。ほら、昨年中国の販売台数は7年前の2.7倍、世界シェアの26.6%を占めるようになった。これからは中国人が車を買う時代だ、日本人には感覚が分からないだろう……」と古川総経理は一生懸命神岡を説得しようとしたが、神岡には古川総経理の話がまったく耳に入らなかった。

「しかし、私にはまだやれることはたくさんあるので、もう1年間中国にいさせてください!」と必死に抵抗した。

「まあ、君の気持ちはめっちゃ分かる、俺だって、『ぜひ神岡君を上海に残してくれ』って本社の人事に頼んでいるところだ。焦るな、まだ辞令が出たわけではないし、帰ってゆっくり寝たら」

と古川総経理は最後の一言を残して、「服務員、買単(すみません、お会計)」と言って、席を立ってしまった。

古川総経理と飲んだ一週間後、神岡は本社の人事部から正式な帰任辞令を受け取った。帰任日はなんと2ヵ月後になっている! 日本本社の社長までに嘆願のメールをして、何とか中国に残れるようお願いした。家族と上海山田の社員に何も言えずにそのまま時間が経っていく。

さすがに業務の引き継ぎもあるから、古川総経理から「明日皆さんに人事発表をするから、引き継ぎの準備をよろしく」と言われて、ようやく少し現実味を感じるようになった。

とうとう、神岡の帰任が発表される日になった。神岡はいつもより早く起きて、朝ご飯が喉をを通らずそのまま日本人寮を出て、会社に向かった。今日はなぜか、空気がいつもよりどんよりしていて、20メートル先の車のナンバーが見えないほどだ。

最近PM2.5がひどくなって、上海の自用車規制もますます厳しくなっている。今日はナンバーの下一桁の番号が3と5の車のみ運転できる日だ。会社の車のナンバーは3と5ではなく、今日は公共交通機関を利用するしかない。携帯にダウンロードしたアプリでタクシーを呼んでみたが、朝のラッシュアワーのせいか、近くに利用できるタクシーがなく、あきらめて地下鉄の駅に向かった。

「会社のみんなは俺の帰任命令を聞いてどう思うかな? 陳思遠は寂しがってくれるかな?」といろいろ考えながら、横断歩道を渡ろうとした瞬間、神岡は大きな車のクラクションの音を耳にした。

右から走って来た車に気がついた時には、その車がすでに目の前に現れていた。神岡は声さえ出すことができず、意識を失ってしまった。

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