唐突に視界が突き抜け、忽然と街が消える──。数キロメートル四方、東京ドーム千個分、ドカーンと、何もない。見えるものは空と大地。不意に現れるあまりに広い更地の光景に、一瞬目が眩む。田園でもなく、新興開発地でもなく、まるで巨大な手が草むしりをするように、街をごっそりむしり取ってしまったかのよう。僅かに残る建物は孤立しながらたたずみ、松平市は瓦礫と雑草の荒野と化している。道路ばかりがあみだくじの線を広大な地面に引いていて、そこをミニカーのような車が何台か走っていた。
もう何度も見ている俺でさえ心が動く景色だから、初めて来た人は、まるで異世界に、あるいは違う時代に迷い込んだかのような錯覚を覚えるかもしれない。けれどアツミちゃんは平然としたもので、助手席でなんでもないようにスマホをいじっていた。異様に視界の開けた市内を、軽トラは進んでいく。
松平市はある事情により、土地の全てを更地にすることが決まっていた。一つの市をまるごと潰そうというのだから、それはとんでもない景色が生まれるわけだ。一年くらい前まではここら辺も建物で埋まっていたけれど、もうだいぶ解体が進んでしまい、時おり片づけが終わっていない残骸の山や、解体中の建物、解体を待つ無人の家が、車窓を過ぎていく。基本、作業車両しか入れない地帯だから、道路をゆく車もまばらだ。
はるか向こうの地平にはいまだ建物群が臨め、そこには鉄の爪を持つ解体用の重機が群がっている。既に作業は開始されていて、ミニカーよりも小さいオレンジや黄色のアームを突き上げては、ミニチュアのような建物たちを破壊している。その様はまるで、遠方に突如襲来した鉄の恐竜たちが、家々を破壊しているみたいだ。我が物顔で、やりたい放題に。ほどなくあれら建物たちも、破壊され更地と化していくだろう。
──今の俺はしがない除草屋だ。重機恐竜の支配する街の片隅で、こそこそ草を取っている。けれどいつかは俺の時代が来る。恐竜絶滅後に大繁栄を遂げた哺乳類のように。その時は鉄の恐竜みたいに、俺も我が物顔で街を闊歩してやるさ。
「さあ、着いた」
現場に到着し、車を停めると、アツミちゃんに声を掛ける。スマホを眺めていた彼女は顔を上げ、
「わ、草ぼうぼう」
俺たちは車から出て、今日の現場を確かめた。アパートの消えた土地は、ところどころ泥を見せながらも、様々な秋の雑草が腰の高さまで繁っている。黄色い花の穂を付けたセイタカアワダチ草は、胸の高さだ。朝の光にきらめき、雑草といえど美しい。
「全然面影ないなあ」
かつて住んでいた場所を眺め、アツミちゃんがため息まじりに呟いた。
「ほんじゃ始めるか」
「はあい」
荷台のエンジン草刈り機を、俺は取り上げた。スターターのヒモを何度か引くと、ガラガラとエンジンが唸り出す。アツミちゃんも自分の草刈り機を始動させた。以前は全くできなかったのに、もう手馴れたものだ。草刈りを開始する。
チンチンと音を立てて刈られていく雑草を眺めながら、かつては俺も住んでいたこの雑草の街が、どうしてこうなってしまったのか、これからどうなっていくのか、どうして俺は草取りの仕事を始めたのか、草刈りを教えたように、アツミちゃんにも教えてあげられたらいいのに、と思った──。