小説 『アイアムハウス』 【新連載】 由野 寿和 静岡県一家三人殺害事件発生。その家はまるで息をするかのように、いや怒っているかのように、大きく立ちはだかり悠然としていた 午前十一時。サイレンを鳴らさず、車両は静岡県藤市十燈荘(じゅっとうそう)に到着した。静岡中央市にある県警本部から十燈荘までは、藤湖をぐるっと大回りして藤市経由でトンネルを通り、小山を登ることになる。藤湖を見下ろす高級住宅街、十燈荘は、土曜の昼だが活気はない。既に外部への交通規制が敷かれているとはいえ、不気味に静まり返っている。ここで殺人事件があったことを、住民達が知っている気配はなかった。その家…
小説 『空に、祝ぎ歌』 【第25回】 中條 てい うっとりと彼の世界に引きこまれていく。―不意に甘美な幻影が脳裡をかすめた。あの魅力的な菫色の視線がまっすぐ… ユーリはさっきからもう一定の音しかたてなくなっている電気シェーバーのスイッチを切った。この瞬間からまた次の再生がはじまるのかと思うと忌々(いまいま)しいが、まあいい、とりあえず停戦だ。彼は剃りあげた毛穴にスキンクリームをすりこむと外に出た。そろそろ正午だからカーシャが鐘をつきにくる時間だ。鐘がないのに?そう、鐘もカリヨンもなくなってしまったのに、カーシャは毎日決まった時間になるとあの階段をくるく…