小説 『ツワブキの咲く場所』 【第3回】 雨宮 福一 「お母さん!」男から私を奪い返しその場から離れるのに必死な母。男たちは女の子を連れて草むらの間へと見えなくなり… 夢と思いたくなるような、凄惨な光景である。私の視界はとめどなく流れる涙でぐしゃぐしゃになり、もはや女の子の表情を識別することもかなわない。アパートから母が飛び出してきた。奇妙なことに、表の騒ぎに今ようやく気付いたらしい。「涼? どこ、どこにいるの!」母がそう呼ばわったけれど、私の姿は大きな草の陰に隠れて見えない。母の目にはむろん留まらず、立て続けに私の名を呼ぶ声がする。「お母さん!」私が叫び返す…
小説 『浜椿の咲く町[人気連載ピックアップ]』 【第26回】 行久 彬 誰も恨まず誰も憎まずただ天に召されるまで命がある限り精一杯生きる――そんな風な生き方しかできないと話す2人のホステス そんな沙耶は、午後四時に水産会社の仕事を終えると車で五、六分も走れば家に着くが途中でスーパーマーケットに立ち寄り夕食の食材を買う。家に着くと掃除と洗濯を手早く済ます。午後五時を少し回り漁火への出勤まであと二時間足らずとなると夕食を作り始める。台所で夕食の準備をする沙耶の傍に立ち、母はまるで小さな子が母親のしぐさを眺めるように手際よく包丁を動かす沙耶の手元を黙って見詰めている。母の好みを考えて作っ…