孤独を知る
夫は実父が経営する会社に勤務している。要するに後継者である。舅は会社の創設者だ。他の会社で技術を身につけ独立を果たし苦労と努力を積み重ね、地元では名の知れた会社になった。従業員十五名、工場と倉庫を兼ねた事務所二階建てを構えていた。
朝八時から夜五時までの就業時間であったが現場作業は、作業工程に準じてしばしば残業もした。
社内では、大きな問題が一つだけ生じていた。世間でもよくとりざたされているが、親子が会社の経営に当たる場合、昭和一桁生まれの父親が、ワンマン経営者であるのは、めずらしくない。後継者たる息子との関係がうまくいっているか、それともうまくいっていないのかが大きな鍵を握る。
前者の場合は、経営も会社の流れもスムーズにいくのは容易に想像できる。問題なのは後者である。社長は、「オレが右を向けと言ったら右を向けばいいんだ。文句のある奴はクビだ」と言う頑固一徹な職人気質の人間である。
夫は、子供の頃から父親に一方的に圧を加えられ怒鳴られて生きてきたので、少し不憫に思える。しかし、今は三十を過ぎたイイ大人なのだから、自分の意見や信念をぶつけて貫いても良いと思う。たとえ口論になりとっくみ合いの喧嘩になったとしても一度は当たって砕けるべきではなかろうか。男ならそうあって欲しいと思っていた。
しかし、残念ながらそう言う勇ましい姿を見る場面はなかった。「代わりに私が」と言うものでもないし。
社長は仕事には厳しい人だった。ゆえに、お客様からは、絶対的な信用を得ていた。そう言うところは立派だ。手抜きや適当にやることは大嫌いだった。常に完璧主義。これは経営者としてあるべき姿だと頷ける。
一方の夫の仕事振りはと言うと正反対だった。まず、朝礼には来ない。出勤して少し仕事をするとすぐに外出し、電話連絡しても出てくれず音信不通になる。そのまま一度も帰社しないため、お客様からの連絡事項が伝えられない。事務所にいる私にとっては大変困る。
当然、この様子を社長も分かっており、夫のいない事務所内で、私に怒鳴り散らす。確かに怒りたくなるのは理解できるが、怒鳴る相手を間違っている。
家にいても舅に怒鳴られ会社にいても理不尽なことで怒鳴られる。本当に身がもたない。
息子でさえも、会社に一緒にいられないのだから埒(らち)が明かない。