第三章 免疫力に働きかける
23 医師の資質
オプジーボを投与した後、実際にがんにどんな変化が起きたかを診るために、シンチグラフィという画像診断をしました。
すると二〇一七年一月末に六センチ近い大きさだった右肺のがんは、同年十二月の時点で二センチ弱にまで小さくなっていました。また喉のリンパ、鎖骨、右肺に散らばったがんがすべて薄くなって、無くなっているものもありました。
主治医の先生が小さい声で、
「え、あり得ない……き・せ・き」
と言ったのを、私は聞き逃しませんでした。
私はこれまでその医師に向かって「この病院のすべてのがん患者さんは先生のひと言で半分以上死んでいますね!」と嚙みついたり、「冗談じゃないよ! だからオプジーボをやってと言ったでしょ」と不満をぶつけるなどしてきました。
それでもその医師は「何言ってるんですか!」と反論することは一切ありませんでした。聞いて聞かないふりをしていたのかわかりませんが、感情をあまり表に出さず、常に淡々とした態度でいたのです。
十月から十二月にかけて入院していたとき、主治医が私の病室に来たのは、ほんの三、四回ほどでした。抗がん剤の治療中はその専門の医師たちが診るシステムのようで、仕方ないといえば仕方ないのですが、それに対する不満もありました。
患者というのは主治医が一貫して診てくれているというだけで、気持ちが安定するものだからです。
七十過ぎたがん患者というと、たいした治療も施されずにいきなり緩和ケアになるケースもあると聞きます。
いろいろな状況により患者の意思が尊重されているならよいとしても、そうでない場合、勝手に医師が患者の可能性を摘むようなマネはするべきではないと思います。
それを思うと私の主治医はクールではあるけれども、結果的に大変尽力してくれたのだと思います。
二〇一七年になってオプジーボを受けられたときに、
「私もひどいことをいろいろ言って申し訳なかったですが、いつも先生が最後まで聞いてくださったことが有り難かったです。どうもありがとうございました。先生でよかったです!」
と言ったのです。するとニコッと初めて笑顔が出ました。それまで私の話を聞いてもほとんど無反応だったというのに。
誰でもけなされたり挑発されたら嬉しいわけありません。媚びるというわけでなく、相手を認めて褒めたり、感謝の意を表すだけで、人間関係というものは変わるのだとつくづく思いました。
けれど言うべきことを言わなければダメです。患者は医師のモルモットではないですから、治療についてはよく説明を受けて、希望を伝えることが大事だと思っています。
どうしても我慢ができず「この人は医者として認めないので替えてください」と言った方もいました。
あるとき三十代後半くらいの医師が若い研修医を連れて私のところに来ました。脚の付け根の動脈から血液を採るために、注射針をブスッと刺したのですが、痛くてビクッとしたら、抜いてまたブスッと刺されました。
またビクッとしたら、私の目を見て「動かないでください!」と言ったのです。私が「すみません、神経に触れたみたいに痛かったので」と痛みをこらえながら話すと、「こんなところに神経なんかありません」と言われました。
それにしても痛かったので前の主治医に尋ねたら、
「動脈の横に神経があるから、ちょっとでも触れるとビクッとなるんですよ。だから動脈は一回でブスッと垂直に刺さないといけなくて、ベテランじゃないとうまくいかないんです」と教えてくれました。
それで病院側に「申し訳ないですが、あの方を担当から外してください」とお願いしたのです。
翌日その方が謝りにいらしたのですが、私ははっきりと言いました。
「人間だから誰でも失敗がありますよね。だけど血管を外したのは、患者の私が一番わかるわけです。それで痛みを感じたのに、神経はありませんとおっしゃったので、それは違うのではないかと思いました」
神経の場所なんてどうせわからないだろうからと思われたのかもしれないですが、その言葉は医師として問題があると感じ、改善していただきたいなと思いました。
そういう場面では言うべきことを言わないと、私の中で消化できないのです。ですから「この患者、うるさい患者だな!」と噂になっても気になりません。それが善か悪かは当事者が判断すればいいと思っているので。
常日頃、人とのコミュニケーションに関しても、私はつい本音でずけずけとものを言うので、相手を驚かせたり戸惑わせてしまう場合があります。
しかしながら「あのときはあんな風に言われてビックリしたけれど、村松さんの言うことはこういうことだったんですね」「あの言葉がなかったら、今こうやっていられなかった」と言っていただけることもあります。
謙虚さに欠けるようなストレートな物言いは改めたいと思いますが、そうした言葉をたくさん言っていただけるような生き方がしたいなと思っています。
今の世の中は当たり障りのない会話が中心で、面と向かって本音で語り合うことを敬遠する向きがあります。でもそれでは表面的な人間関係をつくることはできても、本当の意味でわかり合えることは難しいでしょう。
医師と患者も同じことで、立場は違っても同じ人間同士、もっと心を割って話ができるような土壌が整えば、互いに一層信頼の持てる関係性が築けるのではと思っています。
医師と患者は
信頼関係がなければならない。
医師に媚びる必要もないし、
逆らうばかりでもいけない